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| 新旧学長を囲む懇親パーティにて 神戸芸術工科大学の退任にあたって 鈴 木 成 文 本日は吉武先生をはじめ多数の方々に私の学長退任を祝って頂きまして、こんなに嬉しい ことはありません。ありがとうございます。 私は神戸芸術工科大学に13年間勤めましたが、その前の設立準備室の2年間を加えますと 15年間お世話になりました。任期を終って肩の荷を下ろした晴れ晴れとした気分と同時に 、やはり神戸が好き、神戸芸工大が好きですので、これからもしばしば顔をだしたいので すが、うるさがられるのではないかと懸念もしております。 □ そもそも発端は私が東大を定年になります前年に、吉武先生からこんな大学を創りたいと いうお誘いを受け、芸術工学の理念や教育方針についてお話を伺い、お手伝いすることに なりました。そこで、小規模ながら「珠玉の大学」を創ろうと決意した次第です。 「珠玉の大学」たるためには、なによりも良い教員を揃えることだと思いました。カリキ ュラムやシステムよりは先ず人、教育は人だと考えて、それぞれの分野では日本第一の先 生を招くことを心掛けました。幸いにも、吉武先生の名声に引かれてか、神戸という土地 の響きのせいか、あるいは新設という自由な雰囲気がよかったのか、名だたる先生方に来 て頂きましたのは嬉しいことで、たの大学からも羨ましがられたものです。そして先生の 顔がほぼ揃ったところで相談してカリキュラムやシステムを決めればいい、そういうのが 私の考えでした。 その大学づくりは吉武先生のご指導はもとよりですが、とくに湯原先生、上野先生、亡く なられた岡田先生から教えを受けました。湯原先生からはものごとを正しく判断すること とそれを柔らかく実現する態度を、上野先生からは世の中の動きを広く見てその中でのこ の大学の特色を明らかにすることを、故岡田先生からはとくに大学院設置の際の様々なユ ニークな案を、学びました。 その岡田先生から開学後まだ間も無いころ、『芸術工学概論』という本を書こうというご 提案がありまして、私ははたと困りました。私は建築学あるいは建築設計についてはまあ 分かりますが、「芸術工学」を識ってこの大学に来たわけではないのです。しかしその時 の吉武先生のお言葉はたいへん印象的でした。「鈴木さん、心配することはない、建築は ギリシャの昔から芸術工学だったのですよ」と。なるほど、感性と技術の結合が無ければ 建築など作れるわけが無い、モノを作ろうとするならそれを成り立たせる人間や生活や社 会や歴史や文化を識って取組むのは当り前のことだ、つまりデザインという総合的な行為 のごく当り前の姿をたまたま「芸術工学」と称したのだ、と悟ったのです。決して特別の ものではない。 □ これは教育の方針でもあります。現代の教育は、とくに高校の教育は大学受験ばかりが目 的化して、問題にはたった一つの正解がある、それを早く見つけだすことが勉強だという 誤った考えに支配されています。とくに予備校はそれがひどい。これでは人間をダメにし てしまいます。この考えを打破しなければなりません。デザインに唯一の正解などが無い のが当り前ですし、人生でぶち当たる問題でも同じことです。人は自分で考え、自分の解 答を探し求めなければなりません。その為には先ず自分自身を豊かに大きく育てることが 大事です。貧弱な人間から豊かな解答が得られるとは思われないのです。 ですから学生たちには、本を読め、本を読めと、ことあるごとに説きました。入試合格者 には入学前に手紙を送って、大学生とは本を読む人種ですよと訴えました。人間を、社会 を、歴史を、世界を、地球を豊かな目で見つめて自分で考えることが大事だと。本は文化 も宝庫です。最近、卒業生に会って話す度に当時を回顧して、それがいまの総合的にモノ ゴトを考えることが出来る自分が育ったのだと喜んでいます。 このことは失礼ながら事務の方々にも申し上げました。問題に遭遇したとき、先ず規則や 前例に照らして判断するのでなく、何がその場合の最も望ましい解決かを考えて頂きたい 、もしそれが規則に抵触するなら、規則を変えるか、もしそれが出来ないなら規則をすり 抜ける方法を考えて頂きたい、と。こういうことは固い事務方からは嫌われるかも知れま せんが、私の一つの信念であります。 □ こういう教育が実ったためかどうか分かりませんが、近年、学生・卒業生たちが次々とコ ンペやコンクールに優勝・入賞したり、あるいは学会の研究論文で優秀賞をとったり、華 々しい成果を挙げているのは嬉しいことです。他大学の先生や企業の方、建築家やデザイ ナーの方々からも「神戸芸工大はいい大学になりましたね」と言われることが多いのは、 本当に嬉しいのです。海外からも、日本のデザインの大学を見ようと思って一番評判の高 い神戸芸工大に来ましたと言われて、それは少し買いかぶりではないかとは思いますが、 悪い気はしません。海外との交流にも力を入れていますし、留学生たちも随分大勢来て、 今や母国に帰って活躍しています。 これほどの良い教育・研究をしているのですが、しかしこれを十分理解して下さる高校の 先生方はまだ一部で、多くは偏差値一辺倒です。偏差値は人間を一つの軸の上だけでしか 評価しません。しかし人間の評価にはさまざまな軸があるのです。私は学生たちに、自分 の得意の分野を伸ばす様にと指導しています。画一的な指導でなく、それぞれの得意を伸 ばすこと、得意が伸びればその周辺の能力も自然についてくるものです。あるいはそれも 伸ばそうと心掛けてくるものです。そして何よりも学習が楽しい!という気分をもつこと が大事で、それに尽きると思っている次第です。 □ ただ、私は学長としてはやや不適格だったかも知れません。学長はもっと世間と付き合っ たり、社会の中でこの大学を伸ばしていく方策を考えたりしなければならなかったのかも 知れません。私はどうもそういうことが不得手なのです。 学生たちと付き合って一緒に遊んだり指導したりすることは大好きですが、それだけでは 現代社会の中で大学を成り立たせ発展させて行くことは出来ないのかも知れません。 ただ、このいい教育とその環境を世間に知らしめる為に、広報には力を入れました。とく に大学のイメージを広報することに努力しました、そうしましたら広報委員会からは大学 ホームページに学長日記を書けとの要請がありまして、ご存じでしょうがほぼ毎日短い日 記を連載して、学内外の様子を紹介しました。 1年目の終ったところでこれを本にしたらという話が出まして、3年間終って丁度先日3 冊目の本ができてお手許にお届けしたところです。この学長日記は世間に対するPRのつ もりでしたが、同時に学生や卒業生たちもよく読んでくれているらしく、メールもよく来 まして、彼らとの間の良き橋渡しの機能も持った様です。そしてこの3月で終るに当たっ て、学内外からさかんに何らかの形で続けろとの声が多かったものですから、個人ホーム ページで「文文日記」というものを続けることになりましたが、その立上げには橋本先生 からは先ずこれを読みなさいと『速習 Web プログラミング』なる教科書を渡されました 。また助手の岡本君からは指導してあげましょうと言われ特訓を受けました。70歳を大分 過ぎた人間がえらいことになったと思っていましたら、今度は卒業生たちが援助してあげ ましょうと、数人で寄ってたかって私のホームページのデザインとプログラミングをやっ てくれています。今はまだ仮設のものですが、日記は4月1日から出しています。近く本 格的なものがアップロードされます。 こうして皆様に囲まれて大学を卒業することができますのが何より嬉しいことですし、幸 せです。どうもありがとうございます。 |
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