すまいと住生活のみらい
―住居の公共性を意識しよう―        (日本住宅協会「住宅」2000年9月号)

未来予測は得意でないが、住居が歴史的に変遷するものだということは私の研究の主要な
テーマである。過去の経緯を辿ることによって未来の方向性を示唆しようと思う。
変化は一様な移り変りでなく、ある契機によって急激に進展する。奇妙なことだが大災害
がそのきっかけになることが多く、その衝にある人の明察と行動によるところも大きい。

関東大震災の跡には同潤会アパートが生まれ、都市住居の不燃化・積層化、更にはコミュ
ニティ形成などの先進例となって後世に大きな影響をもった。この時、後藤新平の帝都大
復興計画や多くの学者・技術者の研究協力がこの推進の力になったことは知られている。

日本が無謀な大戦に駆り立てられた時、国民住宅を意図した住宅営団の標準化・規格化の
理論は戦後の公共住宅計画に理論的根拠を与えた。この時は内田祥三をはじめとする学者
らがその企画に携わり、市浦健・西山夘三らが営団内部にあってその計画を推進した。
度重なる空襲によって灰燼に帰した都市の住宅復興に一つの灯を点したのは都営高輪アパ
ートで、以後の不燃公営住宅建設の端緒となった。この時の立役者は戦災復興院第二代総
裁阿部美樹志で、敗戦直後の資材も建設力も人的資源も乏しい状況ながら、今後の都市住
宅は不燃・積層でなければとの信念から、周囲の反対を押し切ってこれを実現したのであ
る。この公共住宅の住様式の近代化の面で新たな展開を図ったのが公営住宅51C型であり
、調査研究に基づきつつこれを提案したのが東大吉武泰水とその研究室であった。
高度成長期には住宅建設の量的拡大と質的向上は見られたものの、計画的見地から時代の
先を行くものはむしろ乏しい。ただその発端の時期に、将来の都市構造のあり方を見通し
て晴海高層アパートを構想したのが住宅公団初代総裁加納久朗であり、これをデザイン面
で実現したのが建築家前川国男である。但しこの先見性が公団内部ではほとんど忘れられ
た存在となったのは不幸であった。単なる土地の高度利用の為に取り壊され、失われた後
に初めてその価値を追憶する詳細なレポートが作られたのは皮肉である。
オイルショックに見舞われ高度成長が終わりを遂げたとき、地域性・個別性に立脚した公
営住宅の新たな展開を推進したのが茨城県住宅課長だった蓑原敬であり、これを藤本昌也
が見事に形態化した。
いわゆるバブル経済の崩壊前後の地方都市において、公共住宅にも多くの建築家が参加す
るようになったが、単なる「作品」としての集合住宅に終っているものの多い中で、地域
の活性化、環境の向上、住生活の安定に資する質の高い集住空間を創っている建築家もあ
り、遠藤剛生・丹田悦雄・江川直樹・元倉真琴などの設計事例は注目に値する。民間では
都住創などの事例をものした安原秀らの努力も尊い。
何も個人の力のみに頼るわけではないが、世の大きな流れの中にあってこれを望ましい方
向に動かして行くには、要所に立つ人物の意識的な努力と卓越した判断、そしてそれを可
能にする伎倆がなければなるまい。それが計画とかデザインと言われるものである。
さて、突如として大都市を襲った阪神淡路大震災、そのあとの復興の住居計画・住宅デザ
インとして何が生まれるか、それが正に問われたのであるが、残念ながら新たな展開を予
想させるようなものは生まれてない。時の政府首脳はこの未曾有の災害に対してほとんど
手を貸さなかったし、復興建設はその量の圧力に追われて、高度成長期の大量建設に全く
逆戻りしてしまった。各自治体(県・市)や公団・公社等の公共住宅は全て住戸型を統一
することによって緊急大量建設に突っ走ったが、この結果一切の新しい設計の創意工夫は
排除されてしまったのである。しかもそこで定められた標準型住戸は、街なみ形成や集住
環境づくりが全く考慮されない、極めて閉鎖的な住戸型であった。私もこの地に居た住居
研究者として何ら有効な力になりえなかったことを恥じるものである。
住生活は、戸内だけにあるのではなく住戸の外にも拡がり集住の環境をつくる。生活領域
のひろがりがあって初めて安定した生活が展開する。そして住居は街なみを形成し景観を
つくる。震災後に阪神間がすっかり変ってしまったと嘆く声は多いが、閉鎖的なプレハブ
住宅の蔓延は街を寂しくし、周囲と無関係に建つ公共高層住宅はまちなみを乱した。
この貴重な体験から学ぶことは大きい。今日、建設省が施行してその普及に大童の「住宅
性能表示制度」への反対も正にこの観点からである。。性能の評価基準そのものの不備も
さることながら、この制度が明らかに住宅メーカー向きであり、彼らを利して地域の大工
・工務店・建築家を圧迫するだろうとの懸念は大きい。地域の個別の要求に応え環境との
対応で住宅を造るべき地域ビルダーに性能表示を義務づけることが、住宅生産者も消費者
(住み手)をも住宅単体の良さのみに目を向けさせ、環境との調和や街としての美しさ、
集って住むことへの配慮などに背を向ける方向に走らせてしまうという危惧である。
住居は、公共住宅と民間住宅とを問わず、きわめて公共的なものである。街をつくり、環
境をつり、社会生活の場をつくる。この住居の公共性についてもっともっと強く意識して
政策は立てられなければならない。すまいと住生活のみらいと題しながらほとんど過去の
動きを追うことになったが、未来は単に予測するものでなく、現在の動きの先として捉え
るべきものである。今日最も重要なことは、住居の公共性を意識せよということである。

                      (日本住宅協会「住宅」2000年9月号)