住宅性能表示制度に対する疑問
―住居の公共性を意識しよう―     (日本建築学会「建築雑誌」2000年9月号)

1 まえがき
建設省は、欠陥住宅や不良住宅防止と住宅の質の向上を意図して「住宅の品質確保の促進
等に関する法律」を制定し、本年4月から施行して、現在、各地で講習会が行われている
。しかし戦後50年に亙って住居研究を続けて来た私の目から見ると、どうも腑に落ちな
い点が多い。これによって住宅が妙な方向に向いてしまうのではないかという危惧がある
。関連研究者・建築家および建設省担当者からも説明を聞いたが疑問はつのるばかりであ
り、一こと言わなければという責任感から筆をとる次第である。

この法律には二つの柱があり、一つは「住宅性能表示制度」、もう一つは「瑕疵担保期間
の10年義務化」である。本来は別々のものが合体して一つの法律になったという。
前者は、簡単に言えば住宅の性能(いわば質の良さ)を幾つかの項目に分けて判定し、そ
のランク付けをして、住宅の買い手(消費者)の判断に供しようするものである。
後者の瑕疵(カシ)とは日常語に直せば欠陥ということである。一般に建売住宅などでは
引き渡し後2年程度の保証期間を設けるが、住宅の欠陥は2年をすぎて初めて見つかるも
のも多いので、その保証を充実し10年間と義務づけるというものである。
この制度の発案者の建設省は、おそらく欠陥・不良住宅の取締りを主目標にし、併せて住
宅を性能によって評価するという慣習を普及させようと意図したに違いない。だが、この
制度の影響として社会的に起こることへの予測が、行われたのだろうかという疑問がある
。とくに疑問に思うのは住宅性能表示制度であるが、まず制度の概要を示した上で批判を
述べることにしよう。

2 住宅性能表示制度の概要
新築住宅の性能を客観的な指標で示し、誰もが認識できるように表示する。その表示項目
は以下の9項目で、これにはそれぞれ評価の基準が設けられる。その基準は全国、誰でも
が判定できるように統一的・客観的な基準として作られる。
1、構造の安定(地震や風などに対する強さ)
2、火災に対する安全(燃えにくさと避難のし易さ)
3、耐久性(木材の腐食や鉄材の錆の防止等)
4、維持管理への配慮(給排水管、ガス管の点検・補修のし易さ)
5、温熱環境(省エネの為の断熱性、気密性、日射制御等)
6、空気環境(換気と、とくに内装材のホルムアルデヒド放出量)
7、光・視環境(開口部面積の量)
8、音環境(サッシの遮音性能等)
9、高齢者等への配慮(段差解消、手摺設置、通路幅、階段の安全性等)

これら9項目について評価基準に従い1,2,3,4,等のランク付けを行うなどして表示す
る。
住宅需要者(消費者)が性能評価を希望した場合には、住宅建設者(メーカー、工務店等
)は判定可能なような資料(図や仕様書等)を提出しなければならず、各地に設けられた
指定住宅性能評価機関は資料によって評価しランクづけをした上、更に建設中及び竣工時
に計4回現場で検査をする仕組みとなる。

3 住宅性能表示制度の問題点
この制度が施行されると社会的にはどんな影響が出るだろうか。予想される影響と問題点
について述べる。
(1) プレハブ住宅メーカー、大メーカーが有利となり、地域の建築家・大工・工務店
等は不利をこうむるだろう。
性能表示は技術的な作業であるから、メーカーはそれに慣れているが、技能者上りの大工
・工務店等は相対的に不利であろう。
またメーカー住宅はほぼ同じ仕様で数多くつくられるから、同じ評価資料を使いまわせば
こと足りるが、施主の注文に応じて造る建築家・大工・工務店は1件ごとに資料を作らね
ばなるまい。更に、数多く供給するメーカーでは、性能表示資料作成の技術者が1人居れ
ばこと足りるが、一品生産的な工務店では、各生産者が表示資料作成の責を負わねばなら
ず、その労力も多大となる。
これらのことを考えると、この制度は明らかにメーカー向き、大組織向きの制度であり、
地方の大工・工務店を圧迫することになろう。現在、建設省は20億にも上る予算を投じて
各地で制度普及のための講習会を開くなど中小工務店の支援に努力しているというが、府
県によってはその反応がきわめて鈍く、当局は躍起になっている。
大工・工務店も性能についての知識をもっと持つべきだとの言い分は尤もだが、住宅をめ
ぐる問題は性能だけではないということをもっと強く認識する必要がある。そのための施
策を等閑視して建設業者を性能表示に駆り立てることが果たして好ましいことだろうか。
大メーカーと地域工務店は夫々異なった特色をもつべきであり、その特色を生かす方向に
導かれるべきである。
(2) 性能が住宅の良さを代表する指標だとの誤った観念を、一般需要者及び住宅生産
者に与える怖れがある。
この制度は、「性能」が住宅の良さを代表する指標だとの誤った観念を与える働きをする
であろう。
もちろん全ての項目のランクが上であることが良い住宅とは限らないといくら説明されて
も、表示されればランクの上の方が良い住宅だと信じるのは当然である。従ってメーカー
も高ランクを揃えるように仕様を整え、無駄なコストをかけることになる。
実は、住宅の良さとは、この9つの性能項目以外のところにむしろ大きなものがある。例
えば広さの指標などは大きい。限られた建設費を、断熱・遮音性能に投ずるか、それとも
1坪でも広い面積に投ずるか、などの選択はしばしば遭遇する問題であるが、これは項目
に表れてない。
例えば落ちつきとか開放感とか安心感など、さまざまな心理的要因が大きいが、これらも
客観的・統一的評価ができないことから項目からは除かれる。開口面積の量が開放感を表
わすものでないないことは誰が見ても明らかである。
さらに大きな問題は、住宅の周辺環境との関係についてである。環境との関係は個別的で
あるから客観的・統一的指標は作り得ないが、住宅は、その立地する街や集落との関係に
おいて住み良さを現出する。庭との一体感、近隣との親しい関係、美しい街なみの形成な
どは重要な条件であるが、性能表示は住宅単体の問題に限られ、環境についての視点は欠
落している。
この制度は、指標化可能な項目のみを挙げることによって、これが住宅の良さを代表する
という誤った観念を与える働きをするだろう。単体性能の向上に駆り立てるのでなく、住
まいの本当の良さを追及する方向の施策を立てるべきである。
(3) 掲げられた9項目についても、その評価基準に著しく不備なもの、疑問のものが
多い。
評価基準は極めて単純化されたため、住宅の「良さ」の指標からは遠く隔たったものにな
っている。二・三の例を挙げよう。
?温熱環境
躯体の断熱構造化と気密化、開口部の断熱構造化が好ましいこととして扱われているが、
環境と一体となった開放的な住宅を指向する場合にはこれは全く無用の長物となる。
?空気環境
ホルムアルデヒド対策についてのみ掲げられているが、これと無関係の内装材では等級表
示はされず「該当なし」となってしまう。換気対策についても温熱環境についての批判と
同様のこととなろう。
?光・視環境
床面積に対する開口部面積のパーセントを記述し、これを明るさの指標としているが、開
口率が高いほど良いとの錯覚を与える。開口が大きいことが好ましい光環境・視環境であ
るか否かは、設計を一度でも経験した者が見れば明かである。
?音環境
外部騒音の遮断を対象としているが、サッシのみを取り上げて壁を問わず、住宅としての
遮音性能にはなっていない。又、外回りサッシ全部を対象とするため、騒音のない裏側を
普通サッシにするといった設計上の配慮はランクが下がることになる。そもそも遮音の必
要のない地域・敷地もある。音の項目のみは選択項目にしたとはいえ、これも一律単純化
の弊である。
?高齢者への配慮
段差解消、手摺設置、通路・出入口幅、階段安全性などが挙げられているが、これらだけ
が高齢者への配慮と考えられる誤りを生み易い。例えば段差解消が個別設計における好ま
しい空間構成を阻害することすらあり得る。更に高齢者への配慮は、夫々の家庭の条件に
より極めて個別的であり、これら以外に住宅に要求されることは極めて多い。これらの物
理的条件のみを挙げることは、世の中に間違った観念を拡めかねない。

以上のような評価基準は、「性能」と言いつつも住宅の性能そのものを表していない項目
が多いばかりでなく、個別的な判断を要する事項を全国一律の誰でも評価できる客観的基
準とするために、評価基準を単純化・平易化しようとしたことから、その不備が生じてい
る。住宅の良さとは、このような簡易化がそもそも不可能なことが多い。従って、仮にこ
の制度を実施するにしても、これらの疑問や不備のある項目は全て除き、構造安全・火災
に対する安全・耐久性等の少数の項目に限定するべきである。
(4) この制度の実施は、住宅の閉鎖化を招き、街なみや環境から遊離した住宅の建設
を助長することになろう。
たしかに不良・欠陥住宅の排除、消費者保護は一つの問題ではあろう。しかしそれへの対
策の結果、良い住宅への芽を摘むことになっては本末転倒である。むしろ国の施策として
真剣に考えるべきことは、今日、個々の住宅が自分自身の居住性を追及するあまり、近隣
や周辺環境を無視して独善的・閉鎖的・排他的に建てられているということである。とく
にメーカー住宅・プレハブ住宅はその傾向が甚だしく、一部公共住宅すらもその方向にあ
る。「性能」への傾斜はますますこの傾向に拍車をかけるであろう。
阪神大震災後の復興において、緊急建設された公共住宅も大量に進出したプレハブ住宅も
、単体個別の性能は満足するものであったかも知れないが、いずれも内に篭って環境に背
を向け、街なみや集落の景観を壊し、落ち着きや住み易さを乱し、更には街の安全性をも
損ったことは、今、多くの市民が痛切に感じているところである。この悲しい現実は記憶
に新しい。

4 良い住環境をつくる施策をのぞむ
この住宅性能表示制度は、余りにも近視眼的である。何よりも住宅を「つくるもの」とし
てでなく「買うもの」であるとの前提から発想されているように見える。消費者の要求の
尊重のみを念頭に置き、個別住宅の「性能」をあたかも住宅の良さであるかのように捉え
て、住宅単体の条件のみを項目化している。このことは結果として生産者や需要者を「性
能」向上に駆り立て、大メーカーを利して中小工務店を圧迫するばかりでなく、更には住
居の閉鎖化を促進し環境に背を向ける方向に作用するだろう。
地域の建築家・大工・工務店を徒にメーカー住宅追随の方向に走らせるのでなく、個別建
設の長所を生かして地域の独自の要求に適合する住宅を創り環境の質を高める方向に導く
べきである。メーカー住宅とて同様に単体性能に溺れさせてはいけない。不良住宅を取り
締まる施策と、良い住宅を伸ばし新しい試みを援助する施策は、おそらく別ものであろう
。住居は街をつくり生活空間を構成する基本の要素である。住居のこの公共性についてよ
り真剣に考察し、現代の日本の住宅をどういう方向に導くべきかの大きな視点から施策が
立てられることを、切に望むものである。

                    (日本建築学会「建築雑誌」2000年9月号)